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乙女峠

 昔、箱根の仙石原のはずれに年寄り夫婦と娘の三人暮らしの百姓がおったそうな。娘の名は、とめと言って、器量よしで心もまろく、村でも評判の親孝行もんじゃった。
 とめが十七の春を迎えると、待っていたかのように里から嫁の話がかかってきた。父と母は、とめの晴れの姿を夢見ながら山の畑をせっせ、せっせと耕しておった。それは幸せな毎日だった。
 ところがある冬のこと、父は風邪をこじらせ病の床についてしもうた。母ととめは、手あつく看病したが、父の病は、日ましに重うなるばかりだった。
 ある日、父は、とめを枕元に呼んで、「とめや、すまんのお、わしはもう長いことないで、あとに残る母を頼んだよ」と、やせ細った手を差し出した。
「はい、父さま、どうか心配なさらないでください。それよりもそんな気の弱いことを申さないで、くだされ。きっとよくなります。病は気からと申すではありませんか」
 父は、とめのあたたかい言葉に涙した。
 とめは、父の心が休まったのをたしかめると、そっと家を抜けてどこへともなく出ていった。次の晩も、その次の晩もとめは、出ていった。そして、どうかすると明け方に帰ってくることがあった。そのことが、いつのまにか村人の目にとまった。
「なんや、親孝行も見かけじゃったのお。父の病が重うなったんでつらくなり、ほかに男でも作ったんじゃろ」
「毎晩会いに行くっちゅうはなしだな、とんでもねえ女ごじゃったのお」
 うわさが広まると、降るようにあった嫁の話も潮を引くように消えていった。 そして、噂は、母から父の耳に入った。
「まさか、とめにかぎってそんな馬鹿なことが・・・そりゃ嘘じゃ、とめは、わしの子じゃ」
 父の唇はわなわなとふるえていた。だが、“火のないところには煙は立たん”という・・・もしかしたら・・・とめには・・・
 その夜、父は、眠ったふりをしてとめの様子をうかがっていた。
・・・とめは、いつものように家を出ていった。 「やっぱりそうじゃ。噂じゃねぇ」父は起きあがると、母が止める手を払いのけて外へ飛び出していった。
 雪がシンシンと降り箱根の山々をつつんでいった。遙か先の山道には、とめの姿がポチッと見える。父は、よろけては倒れ、いかりに燃える唇をかみしめては立ち止まり、また倒れては、険しい箱根路を登っていった。峠を越すと吹雪になった。父は雪を払いのけながら、とめの後ろをしきりに追った。すると、とめの足跡は、御殿場の入り口の竹の下の地蔵堂の前で途絶えておった。
「こんな所に何の用できたんじゃろ」父は、堂守りに尋ねた。
「ああ、あの娘さんですかね。あの方はご立派じゃ。わしは、この年になるまでこの地蔵堂をお守りしておりますが、あんな親孝行な娘さんにお目にかかったことはございません、もう二十一日もの間、雨、風、吹雪をいとわずに毎晩来られて、父の病を治してくだされと願かけしておりました。ちょうど今夜が満願の日、娘さんは一心に拝んでおりましたが、一時前にお帰りになりましただ。吹雪をよけたんでしょう、来るときと違って右手の道を通って行かれましたが・・・。」
  父は、堂守りの言葉もそこそこに吹雪の中へ飛び出していった。
「とめ、許してくれ。そうだったのか許してくれ」
 父は、叫びながらとめを追った。
 やがて、曲がりくねった坂の所へ来ると雪の中に黒い物がうずくまっていた。父は、飛んでいき抱きしめた。
「とめ!とめ!わしじゃ、とめ、父じゃ、許しておくれ」
 しかし、とめの体は既に冷たくなっていた。
 それからいく日かたった。父は元気になったが、とめの悲しい弔いの列が雪を踏みしめて里の寺へと向かっていった。
 それから、とめが息を引き取ったこの峠を、誰言うとなく「乙女峠」と、名付け、この悲しい物語を語り伝えたと言う。

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